May 12, 2011

思い切ってリフォームしました。

中古ファミリータイプマンションを購入し、リフォームしてみました。新築マンションを購入するよりも良かったのではないかと思います。新築マンションだと、せっかくの新しいマンションを購入したのだから、なかなかリフォームに踏み切ることができなかったのではないかと思います。中古ファミリータイプマンションより思い切ってリフォームしました。
私は、単独の建売で購入して今年で7年目です。まだリフォームだと思ったのですが、少しずつ痛みが出ていた。そして、建売ことで、やっぱり自分の好きなことに固執したい欲求も生まれてきました。そして今年のお風呂リフォームをすることにしました。やはり最も快適な場所は、自分の心の空間にすることは必要だと思います。
【転機 話しましょう】(24)作曲家の千住明さん

 千住3兄妹。芸術分野でおそらく日本一有名な兄妹でしょう。日本画家の兄・博さん(53)、バイオリニストの妹・真理子さん(49)とともに、作曲家の明さん(50)も華々しい活躍を続けています。しかし、当初進んだのは、父と同じ工学の分野。大学の工学部では、好きな音楽をあきらめきれない葛藤の日々が待っていました。(黒沢綾子)

 「空(す)いている電車に乗れ」。父の言葉だ。専門を持ち、自分にしかできない分野でパイオニア(先駆者)となれ−という意。実際、慶応大学工学部(現・理工学部)教授だった父の鎮雄(しずお)さんは経済性工学の草分けとして知られた。

 父の背中を見て、兄も妹も早期に自分の道を定めた。しかし、慶応幼稚舎(小学校)からの一貫教育で、慶応大への進学を控えた“真ん中の子”は悩んでいた。「兄貴も妹も好きなことを始めちゃったから、僕ぐらい継いであげなきゃだめだろう」

 いったんはそう決めて父のいる工学部に進んだものの、全く面白さを感じない。「それに、父が何だか僕に悪そうな顔をしていて」

 夢中になれるものはあった。音楽だ。中学時代、クラシック以外の音楽に出会い、「その『自由』に浸りきった」と振り返る。放課後、音楽部の仲間とギターやベース、ドラム、ピアノなどを自己流で奏でる日々。自分たちの楽器編成に合うよう作曲・編曲までする早熟ぶりを発揮した。高校に入ると、さらに加速。バンドを掛け持ちし、レコード会社に出入りするまでになった。

 しかし、これらはすべて父には秘密だった。「父は趣味を一切許さない、本気しか認めない人だから」。迷っていた。「工学部でも音楽はできると思った。コンピューター音楽とか、人間工学や心理学に基づく音楽とか…。でも、ごまかしだった」

 見かねたのだろう。ある日、弟のライブを見に来た兄が切り出した。「お前、プロになれ。ただし、学者の父が見てわかるような“パスポート”が必要だ」

 東京芸術大学の絵画科に進んだ兄は、自分にも東京芸大の作曲科に入れと言う。「そうすれば『“日陰の身”だったお前の音楽を“日向”に引っ張り出せる』って。うれしい言葉だった」

 意を決し、音楽を基礎から学ぶ覚悟を父に伝えた。「父はすごくうれしそうな顔をして、その日のうちに自ら僕の学籍を抜いてきてしまった」。20歳の転機だった。

 常識で考えるなら、無謀と言っていい。受験に必要なピアノもソルフェージュ(読譜力など基礎訓練)も、ほぼ一からのスタート。「実技だけでも10年かかる」と教師に宣告された。「でも不可能だと思えなかった。(音楽を)やっていいのって、楽しくてしようがない。熱中できるということは、才能があるということ」。3年後には見事に合格していた。

 “パスポート”を手にした息子に、父は自身の経験から「30歳まで時間をやる」と言った。一生の仕事かどうか、見極めろ、と。

 父に示した息子の答えは、東京芸大大学美術館に直筆楽譜と録音テープという形で永久保存されている。大学院修了作品「EDEN」が、兄に続いて東京芸大の買い上げとなったのだ。日本画家の平山郁夫学長(当時)の激励が忘れられない。

 「君は芸術とともに生きてゆく運命を背負った」

 「間に合った」と思った。29歳だった。

 「垣根」をはずす


 「転機はなぜか20年ごとに到来する」という。40歳の年に、父が逝(い)った。「今後は自分にしかできない音楽をやっていく」と誓った。

 芸大入学と同時にプロ活動を始め、その後の20年間は作曲、編曲、プロデュースと、求められる仕事は何でも修業のつもりでやった。NHK大河ドラマのテーマ曲などお茶の間で愛されたメロディーも多い。ただ、注文を受けたものと、自分の中から湧(わ)き起こる表現は違う。「職人よりもアーティストでありたい」

 このほど仏教の声明(しょうみょう)から着想した合唱曲「地・水・火・風・空〜祈りの聖地」を発表した。東洋の思想を西洋音楽理論で“翻訳”することで、普遍的な「祈りの音楽」へと昇華させた。

 クラシックとポップス、つまり「純音楽」と「実用音楽」の垣根を外してきた自負がある。バランス感覚の良さは「天秤(てんびん)座のAB型だから」。「空いている電車」の中で、創作は続く。

−−今春、初の合唱曲集「グリー」(EMIミュージック・ジャパン)を出されました

 「音楽の起源は合唱だと思います。人間の生死に立ち会うとき、人は『しっかり、しっかり』と声を出して心を合わせるでしょう。声明であれ、グレゴリオ聖歌であれ、人は声を合わせることで喜びや悲しみを共有してきました。声の音楽は純粋かつ、ごまかしがきかない。今回『地・水・火・風・空』の作曲を機に、僕は『祈りの音楽』への扉を開けたと感じています」

 −−4月からNHK「日曜美術館」のキャスターも務めることに

 「いい刺激を受けています。哲学的で偉そうなものになっている日本の『芸術音楽』に比べ、日本のアート界には活気があるし、世の中とあまり乖離(かいり)していない。日本の音楽をもっと、頭ではなく官能の世界へと引っ張り出したいですね」

 〈せんじゅ・あきら〉昭和35年、東京都生まれ。東京芸術大学大学院を首席で修了。作曲家・編曲家・音楽プロデューサーとして国内外で活躍。代表作に羽田空港環境音楽「四季」やオペラ「隅田川」「万葉集」、詩篇交響曲「源氏物語」など。TVドラマ「家なき子」「ほんまもん」「砂の器」「風林火山」をはじめ、映画やドキュメンタリー、CMと手がける音楽は幅広い。5日、東京・上野公園の東京文化会館でオペラ「万葉集」の公演(午後2時開演)を行う。

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