Jun 05, 2011

電話代行業務の募集

コー​​ルセンターにもしていたこともあり、秘書の資格もあるので電話代行はやってみたいのだ募集を見たことがない。一般的に雇われた人が代行業務を行っているのだろうか。仕事をしているときに、現在の外部からの電話で、ここでは、受信者が、電話代行者を待つ言葉ちょっと不快だった。電話を受けるだけでなく、、全体の接続にも仲介者なのだろうか。電話代行の知識がないので知らない。
コー​​ルセンターでのアルバイトをしたことがあります。電話は集中響くし、アドレスなど、初めて聞くのアドレスだと聞こえないなくて大変でした。どうすればできるかと、いくつか悩んだ時期もありましたが、最終的に数をこなすことの結論が出てきました。コー​​ルセンターの仕事は心配する時間があれば、まず電話で確認するという考えで行動していると自然に言葉の引き出しが増えてきました
 長崎市は、ホタルの生息状況を伝える「ながさきホタル情報」の発信を始めた。目視で市内16カ所の生息数を毎週2回確認し、市役所玄関の掲示板と市ホームページに掲載する。6月8日まで。
 ホタルは河川の水質の指標とも呼ばれ、市民の環境に対する意識を高めてもらおうと、96年から毎年生息数を公表している。調査は、河川周辺の市民が毎週月曜・木曜の午後8時ごろ、無償で数を確認し、市に情報提供している。
 見ごろは6月初旬まで。調査員の1人、同市中里町の松尾紘司さん(67)は「青白い光は、ゆっくり眺めていると1日の疲れが吹き飛びます」と話している。市HP(http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/)。【釣田祐喜】
〔長崎版〕

5月24日朝刊

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 国営諫早湾干拓事業(諫干)で造成された調整池で、今年もアオコの発生が始まった。07年夏に調整池を一面に緑に染めてから、毎年確認されている。北部排水門付近で水面が緑に変色、県も目視で発生を確認した。
 アオコは池水の富栄養化に伴ってシアノバクテリア(らん藻)が繁殖し、水面に集積する現象。21日に、調整池のアオコを研究している熊本保健科学大の高橋徹教授(海洋生態学)が池水を採取し、分析した。「梅雨入り後に拡散する可能性がある」と指摘する。
 今月下旬、諫早湾内の漁場は調整池からの定期的な淡水排出で、網にヘドロなどが絡まる被害が続出。アオコ発生とともに、梅雨入り後に調整池から淡水排出が増えることが予想され、漁師からは赤潮発生を懸念する声も出始めている。
〔長崎版〕

5月24日朝刊

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 総務省が策定した全国避難者情報システムによると、県内への避難者数は、今月20日現在で80世帯179人(10都県)に上っている。内訳は、福島県が33世帯89人と最も多く、次いで宮城県18世帯35人▽東京都6世帯19人▽茨城県8世帯12人▽千葉県5世帯11人−−などの順。県緊急支援室は「しっかりと支えたい」としている。
〔長崎版〕

5月24日朝刊

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 ◇津軽三味線、和太鼓力強く
 松浦市鷹島町の観光施設「鷹島モンゴル村」で22日、津軽三味線と和太鼓のユニット「FKB」による被災地支援コンサートがあった。市内外から約250人が訪れ、力強い演奏に聴き入った。
 「FKB」は国内外で活躍する津軽三味線奏者の福居一大さん(32)と和太鼓奏者、金刺凌大さん(30)の二人組で、激しく力強い演奏が持ち味。被災地を元気付けようと童謡「さくらさくら」をアレンジした曲など約10曲を野外ステージで披露した。
 モンゴル村は4月に経営刷新し、支援コンサートが新体制後初の催し。企画した佐々木一法社長は「九電玄海原子力発電所から至近距離(約10キロ)にありながら平穏に暮らせる幸せに感謝したい」と話し、コンサートの収益は全額、市を通じて被災地へ送るという。【野呂賢治】
〔長崎版〕

5月24日朝刊

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 ◇泥かきや民家畳上げ、家具搬出−−ボランティア20人
 雲仙・普賢岳の噴火災害で被災した島原半島の人たち20人が23日、東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町でのボランティア活動にバスで出発した。噴火災害で全国から受けた支援への「恩返し」として、「ご恩返し号」と名付けたバスは26時間後の24日朝、現地入りする。【蒲原明佳】
 43人が犠牲になった雲仙・普賢岳災害大火砕流から6月3日で20年になる。当時、島原市と深江町(現南島原市)には立ち入り禁止の警戒区域が設定され、避難生活者は一時1万人を超えた。災害対策本部解散まで5年半かかるなど被災は長期化する一方、全国から2万人を超えるボランティアが駆け付け、支援の輪が広がった。
 「ご恩返し号」はお礼を形にしようと、NPO法人島原ボランティア協議会と島原半島の島原、雲仙、南島原3市などが計画。20人が応募した。南三陸町長が普賢岳災害時に島原半島に見舞いに来た縁から、市街地が壊滅的な被害を受けた南三陸町で3日間、泥かきや民家の畳上げ、家具の搬出などを手伝う。
 島原市であった出発式では、横田修一郎市長が「20年前にお世話になったお礼を伝えてください。これまで築いてきたボランティア同士のネットワークや経験を生かして、被災地の人々の力になって」と激励した。
 大火砕流の年に生まれた島原市湊町、漁業手伝い、安藤翔太さん(19)は仕事がある両親から「代わりに一生懸命いいことをしてきて」と頼まれ応募した。「災害の記憶はないが、県外からボランティアに来てくれた人々のお陰で平和な島原に育った。少しでも東北のために頑張りたい」と意気込んでいた。
  ◇    ◇
 一方、県などが企画する、被災地支援の災害ボランティアバス「ご恩返し号」も第2陣が23日、県庁を出発した。20〜63歳の県民ボランティア20人(男18人、女2人)が乗り、24〜27日の4日間、第1陣同様に宮城県気仙沼市本吉町に入り、ボランティアセンターなどで作業する予定。
〔長崎版〕

5月24日朝刊

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